勝峰 昭の「神の美術」あれこれ。

キリスト教美術―スペイン・ロマネスクを中心に― AKIRA KATSUMINE

2022年07月

聖ヤコブのスペイン名がサンティアゴです。

7月25日はスペインでは祝日とな
ります。


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サンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂  ©KKT


サンティアゴ・デ・コンポステラ大聖堂ではこの日、

聖人への捧げ物と巨大な香炉ボタフメイロが大きく揺れ動かされて香で満たされます。

 


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©KKT




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   地下祭室 聖ヤコブの聖遺物  ©KKT


イエス・キリストの十二使徒のひとりサンティアゴはエルサレムで殉教しました。


その墓が、伝説によれば813年イベリア半島のガリシア地方で発見されて、重要な聖遺物を崇敬するために巡礼が振興されました。


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パドロンのサンタ・マリア教会 (ヤコブ到着の図が刻まれています)
   (講談社『サンティアゴ巡礼路』より)




サンティアゴ巡礼路の繁栄と、クリュニー大修道院に端を発して、基本的には多様な美術様式を統一し、画一的なロマネスク様式(聖堂は石造り、平面はラテン・十字形バシリカ方式、三廊式、高さを求めず聖堂内部に暗さをもたらす造形など)が、11〜12世紀にわたって地中海沿岸地方とサンティアゴ巡礼路周辺に展開しました。


巡礼路における盛期ロマネスクのこの教会は19世紀に改修されたものの比較的原型をとどめています↓
 


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サン・マルティン・デ・フロミスタ教会  ©KKT


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後陣  ©KKT  (『イスパニア・ロマネスク美術』より)

 

巡礼路を通じてヨーロッパの様々な地域間の交流がなされ、キリスト教ヨーロッパという文化単位の醸成を勢いづけました。


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今日の大聖堂は、ロマネスク、ゴシック、バロック、ルネッサンスなどの建築あるいは装飾様式を取り入れた集大成といえます。



 (勝峰昭 執筆:2015年5月25日)



 
【お知らせ】

勝峰昭著『イスパニア・ロマネスク美術』、『神の美術―イスパニア・ロマネスクの世界』(光陽出版社)は刊行以来、
三省堂書店神保町本店の美術書コーナーでお取り扱いいただいてきましたが、
2022年5月新社屋建設のため移転縮小となることにより、今後はアマゾンだけでの取扱いとなります。


イスパニア・ロマネスク美術
勝峰 昭
光陽出版社
2008-08T


 






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(次回2022.08.02更新予定)

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⚪︎ エルサレムで殉教したサンティアゴの遺体は密かに船に乗せられ、スペインの海岸に流れ着きました↓

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〈聖ヤコブの亡骸の移送〉 (Museo del Prado, Madrid)
『遠藤周作で読むイエスと十二人の弟子』新潮社より




⚪︎ 右手にい巡礼の杖を持ち、背負う袋にはホタテ貝がついています↓


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〈聖ヤコブ〉エル・グレコ (Museo de Santa Cruz de Toledo)

『遠藤周作で読むイエスと十二人の弟子』新潮社より


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イベリア半島に侵入してきたイスラム軍3万7千人のうち、アラブ人1万8千人、シリア人7千人、ベルベル族1万2千人でした。

こうしてイスラム統治が始まり、8世紀から15世紀までイスパノ・イスラム美術がロマネスク美術に組み込まれて、モサラベ様式とムデハル様式が派生したことを6月のブログで紹介しました。

 

ウマイヤ朝美術が... : 勝峰 昭の「神の美術」あれこれ。 (livedoor.blog)

 


 

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ムデハルとは、レコンキスタ(国土回復)の進展とともに、キリスト教徒の支配下にはいった領域に残って居住したイスラム教徒のことをいい、彼らのもたらしたイスラム美術の一部様式をムデハル様式といいます。

 

この様式が12世紀中ごろからロマネスク美術に組み込まれて、とくに聖堂建築の分野では外壁にレンガを用いたので、赤みがかった特異な形相を見せます。

 

建築資材としてのレンガは比較的廉価であったこともこの様式が急速に普及した一因になります。


イスラム教義の単純性、硬直性、徹底性、論理的整合性、そして何よりもその文化の感性的な抽象性は、特に建築の分野において、拡散的、反射的、鉱物的な硬さ、幾何学な文様装飾など独特な様式的特徴につながります。

 

古都トレドのアルフォンソⅥ世(1072-1109)は「三宗教の王」すなわちキリスト教、ユダヤ教、イスラム教徒の王だと自称したほど宗教に対して柔軟な政策をとりました。



 

 20220712_1Tpledoクリスト・デ・ラ・ルス

  トレド クリスト・デ・ラ・クルス (旧モスク)




 

 20220712_2Toledoサンティアゴ・デル・アルバール
  トレド サンティアゴ・デル・アラバール教会



レコンキスタで戦う戦士のキリスト教徒たち、
商業、工業、手工業で生計を立てたイスラム教徒たちは人々の生活の基盤をつくり、
ユダヤ教徒たちは金融・財政を担当していました。



カリオン・デ・ロス・コンデスからレオンにいく巡礼路途上のサーグンにいくつかあるムデハル様式の聖堂のひとつ、サン・ティルソ教会は赤褐色のレンガ造りで盲アーチが印象的です。


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     サーグン  サン・ティルソ教会


イスラムの征服したイベリア半島の大部分において既存のキリスト教美術はイスパノ化して、他の西欧の国には見られない、多様性を統一したスペイン独自のロマネスク美術として確立されました。



 (勝峰昭 執筆:2015年5月25日)



 
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三省堂書店神保町本店の美術書コーナーでお取り扱いいただいてきましたが、
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イスパニア・ロマネスク美術
勝峰 昭
光陽出版社
2008-08T


 






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FIN

(次回2022.07.22更新予定)

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イスラムがイベリア半島に侵入して以来、回教徒が半島すべてを支配したことはありませんでした。

スペインのロマネスクがフランスのそれとは大きく違う要因のひとつとして、イスラム統治の影響について前々回(2022年6月12日)のブログで触れました。
 
ウマイヤ朝美術が... : 勝峰 昭の「神の美術」あれこれ。 (livedoor.blog)


 
北部山岳地帯に逃れたキリスト教徒たちは、イスラム侵攻直後にレコンキスタ(国土回復運動)に着手し、722年にアストゥリアス王朝が誕生しました。

795年にはピレネー一帯にカロリング朝によるイスパニア辺境領が創設され、その東側バルセロナを801年に奪還し、西側ではナバラ王国が816年に独立します。

したがってキリスト教文化が絶えることはありませんでした。

イスラム侵入から王国を守り抜き、芸術創造を続けて現在まで残された建造物があります。



 ◉オビエド市郊外プリマン地区の通称Santullanoと呼ばれ保存状態もいい格式高い聖堂です ↓

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          サン・フリアン・デ・ロス・プラドス教会


 

 ◉オビエド郊外ナランコ山を登り口にあるサン・マリア・デル・ナランコから200Mほど登ったところにある次の教会は、水害で損傷を受け9世紀建造の建物は三分の一ほどで、あとは12世紀に建てられたものです ↓

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    サン・ミゲル・デ・リーリョ教会




ロマネスク美術様式が定着する前の5〜11世紀初頭時代の様式をプレロマネスク美術ともいいます。
 
ビシゴード美術、アストゥリアス美術、モサラベ美術を包含しますが、本来はっきりと認知された固定概念ではありません。




アストゥリアスは近代スペインの起源的王国と考えられています。

スペインの国王の後継の王子のことをアストゥリアス公と今も呼んでいます。


(勝峰昭 執筆:2015年5月25日)


 
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イスパニア・ロマネスク美術
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2008-08T


 






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FIN

(次回2022.07.12更新予定)

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      透し彫りの格子窓 (Santullano) 





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 南面壁の三連窓 (San Miguel de Lillo) 




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